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NHK大河ドラマ【いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)】第37回「最後の晩餐(さん)」感想


嘉納治五郎(役所広司)は、開催決定した1940年東京大会の準備を進めるが、日中戦争が始まった日本では五輪反対論が沸き起こる。理想のオリンピックとは程遠い状況に激しく葛藤する田畑(阿部サダヲ)を金栗(中村勘九郎)が訪問。二人は五輪への溢れる思いを語り合う。嘉納はエジプトでのIOC総会に参加し、日本開催を危ぶむ声を封じ込める。帰国する船で乗り合わせた外交官・平沢和重(星野源)に、自らの夢を語るが−
(あらすじは Yahoo!テレビより引用)

  2019年大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」感想

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いだてん~東京オリムピック噺(ばなし) 第37回 「最後の晩餐(さん)」

今日は横浜まで出掛けていて、ベイブリッジを通り、みなとみらいの夜景を見ながら帰ってきた。

きらめく光の塊の中に、日本体育の父・嘉納治五郎が最期の時を過ごした氷川丸がある。

1938年、治五郎先生はエジプトのIOC総会に出席し、横浜港に到着する2日前に氷川丸の中で亡くなった。

 

氷川丸は現在は横浜観光地の要、山下公園前に浮かび、国の指定重要文化財として一般公開されている。

日本郵船氷川丸

 

「一番面白きものはオリンピック」だった治五郎先生。

それを語る時、子どものように輝く瞳。

最期まで、なんて可愛い爺さん……。

名誉ある撤退を

オタクのように憑りつかれて、ただただオリンピックを愛し、目指した人たちがやっと手に入れた日本招致である。

しかし、時節は世界中が戦争に向いている1937年。

7月7日。ついに日中戦争が始まる。

ナチスドイツのベルリンオリンピックを見てきた嘉納先生は統制されたオリンピックに目を奪われ、我を忘れているように見えた。

副島さんは以前の計画通りにスポーツを愛する選手のための大会を目指し、激しく闘われる「強い国家を世界に見せつける」オリンピック論に、まーちゃんは何も言えなくなる。

雑誌の裏表紙に踊る「戦争は最大にして最も勇壮なるスポーツである」の文字。

 

「国防費のために」と国民に我慢と緊張を求める一方で、オリンピックというお祭りを開催するという。

この相反する2つに対して国民に説明できないのであれば、この国でオリンピックを開催する資格はない!

と叫ぶ立憲政友会の河野一郎議員。

水泳の選手たちはみな、同じ年の男たちが出征して行く中、自分たちは泳いでいていいのかと悩んでいる。

まーちゃんは何も言えない。

ただ「東京オリンピックはある」と信じ、発破を掛けていくしかない。

戦争は、きっとすぐに終わると信じていたから……。

副島×嘉納の論議は激しくなっていく。

 

無理なら無理と早期に判断し、お返しする。

せっぱ詰まって返上ということになれば、どの国でも開催は困難になり、日本は永久にオリンピックに参加できなくなる!

何の話をしとるんだね?君は。

今こそ名誉ある撤退を!

オリンピックはやるんだよ!何が何でも!
この東京で!

矛盾

しかし戦争は終わらなかった。
終わるどころか日本は戦争を拡大していった。

小松勝を後進として育ててきた金栗四三が河野の国会演説を聞いて新聞社に怒鳴り込んで来る。

 

ストックホルムの次のベルリンの大会、1916年。おるは絶好調でした。

世界記録ば出してメダルも期待されとった。ばってん、欧州戦争の長期化により無期延期!

嫌ぁな予感のすっとです。

あん時と同じ……いや、あれ以上に嫌ぁな感じ……。

今度の戦争、日本は当事者ばい。
ドンパチやっとる国で平和の祭典?
矛盾しとるばい。

まーちゃんは答える。

矛盾、ええ。記者の私も矛盾を感じております。

ご覧下さい。 
机の上もぐっちゃぐちゃ。
頭の中もこんな感じです。
「返上」「反対」「絶望」!

大陸の地図を見て中国へ何千何百の兵を送り込んだという記事を書くかたわら、同じ地図を見て聖火リレーのコースを考えておる。

夢と現実が入り交ざって、これは、もう、矛盾!

認めたくはないが…
河野の言うとおりなんです。

 

しかし、四三は小松くんを育てており、まーちゃんもまた選手たちを育てていた。

目指している高みの梯子を奪われる選手の気持ち。

互いによく理解していた。

スポーツに矛盾は付き物だよ!

なぜ走る? なぜ泳ぐ?
なぜ走る!? なぜ泳ぐ!?

答えられん。

でも、それしかないじゃんね!
あんたも俺もオリンピックしかないじゃんね!

戦争で勝ちたいんじゃない。
マラソンで勝ちたい。水泳で勝ちたいんだよ。

Believe me!

1938年。嘉納治五郎はエジプト・カイロで行われるIOC総会へ旅立つ。

その前に、まーちゃんはついに治五郎先生に言うのだった。

嘉納さん。返上して下さい。
こんな国でオリンピックやっちゃ、オリンピックに失礼です!

今の日本はあなたが世界に見せたい日本ですか!?

あんたがここで引き下がる潔さを見せれば、戦争が収まったあともう一度オリンピックを招致できる!

嘉納治五郎だからこそ、出来る。
勇気のある撤退。

しかし、自体は真反対の方向へ進む。

治五郎先生は総会で高らかに宣言して帰ってきた。

国際社会から戦争を始めた責任を追及される中。

「この嘉納治五郎を信じよ!」

と。

ただ、それだけの信頼感で、「TOKYO」は揺るぎない承認を再び得たのだった。

帰国の途で

カイロからカナダを経由して帰る船で、治五郎先生は外交官・平沢和重と一緒になった。

「横浜まで13日間。嘉納さんのお供をすることになった平沢さん。

初めの3日ほどは穏やかな航海で……
嘉納さんは体調もよく、食後1時間も話し続けたそうです。

 

しかし。
ひどいシケに出くわし、海が荒れ、疲れ知らずの嘉納先生、風邪をひいて随分と弱ってしまった。」

大きなステーキを1人で食らい、「精力善用を心がけてる者は疲れるということはない」と笑っていた嘉納先生は、風邪で次第に弱って行った。

御年77歳。
当時の77歳といったら現代よりも年寄りは年寄りで、長旅は現代よりもより大変だったはず。

まさに堅剛だった嘉納先生も、年には勝てず……。

船長が催した最後のお茶会。

先生は船内の人たちと「一生で一番楽しかったこと」について語り合った。

平沢に向かって本当に楽しそうに語る思い出は全てオリンピック。オリンピック。オリンピックのこと……。

 

そうだな…ハハハ……やはり、羽田の予選。

天狗倶楽部と清国からの留学生とで羽田に競技場を造ってね、そこに韋駄天が……。

真っ赤な顔をして現れたんだ。

ストックホルムも面白かった。
「NIPPON」のプラカードを掲げて金栗君と三島君と歩いたのは生涯忘れられん。

あっ……ロサンゼルス大会。
田畑っていうのがいてね。
口は悪いが、言っただけのことは必ずやる。

すごかったからね~…ロサンゼルスの競泳は。

テーブルの上のプレートに菓子やサンドウィッチを乗せて国や国旗や人に見立て、小さなオリンピックを作って行く治五郎先生。

語る事は、四三とまーちゃんのことばかりじゃんね……。

オリンピックの思い出を共に過ごした仲間たちの事ばかりじゃんね。

 

「俺は日本人だ!」って、みんな胸を張って高らかに叫んでね……。

うん…現地の日系人に感謝されたのが一番うれしかった。

あっ。「一番」が出ましたね!

うん…。
いやいやいやいや……一番ではない。

田畑が一番だなんて、そんなわけがない。

 

せき込みながら「一番」について考える嘉納先生を見て、平沢は、つい口を出す。

 

一番は東京オリンピックじゃないですか?

 

嘉納先生の顔が輝いた。

 

そこだよ、そこ!

これから一番面白いことをやるんだ。

東京で!

ストップウォッチ

「昭和13年5月4日。

嘉納治五郎先生は太平洋沖で帰らぬ人となりました。享年77。」

棺はオリンピック旗を掛けられて横浜に下ろされたという。

 

あの……田畑さんですよね?

治五郎先生を看取る事となった平沢は、物言わぬ先生に対面して声も出ないまーちゃんに託された物を渡した。

 

嘉納先生がこれを。

 

ストップウォッチ。

動いてるんです。

いつ押したんでしょうね?

 

オリンピックは必ず東京でやる。

その意志。

まーちゃんは受け継いだ。

 

この大河を明るい笑顔と大きな声とハッタリで、ずっと引っ張り続けてきた韋駄天が死んだ。

嘉納先生こそが、このドラマの韋駄天だったんじゃんね。

9月の終わり。
この大河の残り3ヶ月弱。

「日本」が信用されなくてもその人は信用された。

偉大な人の存在を失い、国は混沌の中へ突入し、オリンピックは宙に消える。

 

それでも、まーちゃんは受け継いだ。

「こんな日本を世界に見せたいのか」

の言葉の意味を現代に生きる私たちはどう受け取るのか。

それでも突き進む意義ある物を開催しなきゃ、だよね。

嘉納先生が見せたい物も、きっとそうだったのだと思う。

止めたかったのよ。きっと。
平和の祭典を持って。

このドラマについてひと言ふた事書きたい方はぜひどうぞ。

https://dramarevue.cinemarev.net/revue/idaten/

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※キャスト

田畑政治 … 阿部サダヲ
金栗四三 … 中村勘九郎

高石勝男 … 斎藤工
大横田勉 … 林遣都
野田一雄 … 三浦貴大
鶴田義行 … 大東駿介
河野一郎 … 桐谷健太
松澤初穂 … 木竜麻生
前畑秀子 … 上白石萌歌

酒井菊枝 … 麻生久美子
マリー … 薬師丸ひろ子

松沢一鶴 … 皆川猿時
河西三省 … トータス松本
慶 … 深沢敦

平沢和重 … 星野源
岩田幸彰 … 松坂桃李
北原秀雄 … 岩井秀人
東龍太郎 … 松重豊

古今亭志ん生 … ビートたけし
美濃部孝蔵 … 森山未來
おりん … 池波志乃
美津子 … 小泉今日子
五りん … 神木隆之介

知恵 … 川栄李奈
今松 … 荒川良々
万朝 … 柄本時生

大隈重信 … 平泉成
田畑うら … 根岸季衣
小松勝 … 仲野太賀

嘉納治五郎 … 役所広司

岸清一 … 岩松了
野口源三郎 … 永山絢斗
副島道正 … 塚本晋也
杉村陽太郎 … 加藤雅也
牛塚虎太郎 … きたろう
川島正次郎 … 浅野忠信

黒坂辛作 … ピエール瀧→三宅弘城
可児徳 … 古舘寛治
田島錦治 … ベンガル
内田定槌 … 井上肇
永井道明 … 杉本哲太
大森兵蔵 … 竹野内豊
大森安仁子 … シャーロット・ケイト・フォックス

武田千代三郎 … 永島敏行
二階堂トクヨ … 寺島しのぶ

春野スヤ … 綾瀬はるか
池部幾江 … 大竹しのぶ
金栗実次 … 中村獅童
金栗信彦 … 田口トモロヲ
金栗シエ … 宮崎美子
金栗スマ … 大方斐紗子
春野先生 … 佐戸井けん太
美川秀信 … 勝地涼
池部重行 … 髙橋洋

三島弥彦 … 生田斗真
シマ … 杉咲花
三島弥太郎 … 小澤征悦
三島和歌子 … 白石加代子
吉岡信敬 … 満島真之介
中沢臨川 … 近藤公園
押川春浪 … 武井壮
本庄 … 山本美月

橘家圓喬 … 松尾スズキ
小梅 … 橋本愛
清さん … 峯田和伸

村田富江 … 黒島結菜
村田大作 … 板尾創路
人見絹枝 … 菅原小春

犬養毅 … 塩見三省

高橋是清 … 萩原健一

噺 … ビートたけし

※スタッフ

脚本 … 宮藤官九郎
原作 …
音楽 … 大友良英
題字 … 横尾忠則
制作統括 … 訓覇圭、清水拓哉
プロデューサー … 岡本伸三、吉岡和彦
演出 … 井上剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁、桑野智宏
時代考証 … 古川隆久
スポーツ史考証 … 真田久、大林太朗
落語・江戸ことば指導 … 古今亭菊之丞

【いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)】
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コメント

  1. くう より:

    千早太夫さん

    レスが一週遅れましたが、治五郎先生ご逝去の回は心に重く残っております……治五郎先生が生きていても、あの東京オリンピックは無理だったと分ってはいますが、ここから急激に時代が変わった感がありますね。

    >役所さん、素晴らしかったですね。流石という感じです。
    昔、大河ドラマ「徳川家康」で信長役を初めて見て以来ずっと好きな役者さんですが

    うわぁぁぁ!!私もですーー!美しくて野生の魅力もある信長でした。(ここから続く「三匹が斬る」の千石さんも好きで(笑))

    役所広司さんのような方が海外の映画にも出て下さっているのは本当に誇らしい。治五郎先生そのものですね。凄いキャスティングでした。

  2. 千早太夫 より:

    嘉納治五郎先生は、間違いなく「いだてん」の陰の主役でした。
    最期の場面、珍しく泣きながら見てしまいました。

    戦後の東京五輪で柔道が初めて正式種目になったのも、IOCから嘉納先生への、せめてものはなむけだったのかもしれません。

    役所さん、素晴らしかったですね。流石という感じです。
    昔、大河ドラマ「徳川家康」で信長役を初めて見て以来ずっと好きな役者さんですが、益々好きになりました。

    次回はもう小松がりくちゃんと結婚して五りんが生まれ、小松が出征…となりそうな予告。ツラすぎる。

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