脳出血を起こして倒れた志ん生(ビートたけし)は一命をとりとめ、弟子の五りん(神木隆之介)に、戦争中に満州へ兵士たちの慰問興行に行った時のことを語りだす。三遊亭圓生(中村七之助)と共に満州を巡っていた孝蔵(森山未來)は、五りんの父、小松勝(仲野太賀)と出会っていた。やがて終戦。おりん(夏帆)は帰国しない孝蔵の消息を占ってもらおうと、日本橋のバー、ローズを訪ねるが、そこに田畑(阿部サダヲ)が現れる。
(あらすじは Yahoo!テレビより引用)
いだてん~東京オリムピック噺(ばなし) 第39回 「懐かしの満州」
うちのレビューを読んで下さっている方は大よそお分かりかと思うのだけれど……
レビューから落語部分が結構抜けてるよね?
ということで、巷が大絶賛するほど私は志ん生部分を欲してはいないのである。
特に1960年代部分ね。この大河にナーバスな感想を寄せる人たちがこぞって言っている「志ん生役の人の滑舌が悪い。」あれ、この大河を最大限に持ち上げている私も思ってます。ごめんなさい。
晩年の志ん生にはあれがピッタリなのだというお説も読んだけれども、中の人の演技はいつもあんななので今回だけ特別にああいう風に演じているわけではないし。それだけではなく、落語を合わせた演出が邪魔で仕方なく感じる回すらあった。
もちろん、落語との相乗効果で大喝采送りたい回もある。そういう回は大抵、森山未來が主軸になっている孝蔵回であった。
この大河では様々な役者さんが落語家を演じているけれども、本当に本当に惹きつけられているのは森山未來の孝蔵→志ん生。森山未來の孝蔵には「フラ」がある。まさに師匠に言われた事、その通り。
今回は、その孝蔵の演目が充分に生かされた回であった。
満州慰問
とっくに意識回復しているのに、隠れて飲むためにそれを隠している志ん生。五りんを前に語り出す。
「あれな。戦争が終わる3か月前ぐらいの頃だな。」
1945年、孝蔵は圓生と共に満州へ慰問に出る。
>空襲で寄席も駄目だし、こんな格好じゃ気分が乗らねえでげす。
満州なら廓噺もやり放題だし、こっちの方も……。
とシナを作る圓生に乗せられ、恐る恐る家族に切り出すと、
行かせてあげようよ。
だって、お父ちゃん、いてもちっとも頼りにならないもん。
そうね。
空襲警報鳴ると真っ先に逃げちゃうし。
娘たちに言われた通り、警報と共に真っ先に家を飛び出す孝蔵。
燃える我が家を呆然と見ながら、おりんは言った。
行っといでよ、お父ちゃん。
住むとこは何とかする。
そうよ!
私たちならどうやっても生きていけるんだから。
父ちゃん、満州で好きなだけ飲んできなよ。
行っといで。
達者でね。
何という家族だろう。
「自分が不幸な時に他の人間が幸せになるなんて許せない。」「私が負った不幸はあんたも一緒に追うべきだ。」
そういう道連れ感覚で生きているのがほとんどの人間ってもの。
ましてや家族なら「私だけが介護して、あんたは何もしないのは許せない」というような道連れ感覚も強まるもの。
しかし、この家族は皆が自分の足で立っているので、他の人のチャンスに嫉妬しない。
命が助かるチャンスがあるなら、あんただけでも行っといでって話である。強い。強い人間は美しい。
美しい家族に後押しされ、喜んで満州へ渡った孝蔵である。
しかし……。
逃亡兵
満州へ着いたばかりの頃は空襲もなく、住んでいる日本人は豊かで、寄席には人が集まり、よく笑った。
軍隊の慰問と日本人相手の興行、どこに行っても大ウケで。ひと月って約束だったが気が付いたらふた月経ってたよ。
…で、どうなの?おじいちゃん。
会ったことあるの?
ほら、五りんのお父さんと。
そこまで知っているちーちゃん。
変なのがな……訪ねてきたことはあったな。
確か大連だったかな?
なんと……師匠は小松くんに会っていた!
学徒出陣で満州へ配属され、警備の仕事などしていた小松は、近々部隊ごと沖縄へ配置換えになるのだと笑顔で話す。
孝蔵を訪ねてきたのは、落語にクレームつけるため(笑)
あぎゃん走り方では1里も走れんばい。
長距離は、もっと、ぎゃん!上体ばそらして、ぎゃん!顎ば引いて、こぎゃんです……ええ!こぎゃんです。あと呼吸法もなっとらん。2つずつ「スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ」。しゃべる時は立ち止まってしゃべる。終わったら走ればよか。まっ、詳しくはこれば読むとです。
孝蔵に「ランニング」読本を渡す小松。
何だこの野郎!表出ろ!出てけこの野郎!沖縄でもどこでも行っちまえこの野郎!
それが小松と孝蔵の初対面。
当然、この時、沖縄は陥落寸前。沖縄に増員として配置されるということは……。
ああ、そういうことなのか。
小松くんは沖縄で亡くなったのか。
と、思ったら。
2か月後。孝蔵は再び小松に会うことになる。
それは、酒場で森繁久彌という放送局員から沖縄の陥落を聞き、その後、広島と長崎に何かが落ちたという噂が流れたころ。
船が出ないので日本に戻れず、ついに満州で終戦を迎えてしまった孝蔵と圓生の前に小松は現れたのだった。
おにいさん!沖縄行かなかったんですか?
それが……出発の前の夜に…。
小松の分隊長はとても人間が出来た人だった。
お国のためにと手榴弾を抱えて集団自決したご時世である。小松の分隊長は、どうせ戦争はもう終わるから妻子ある者は逃げろと言って逃亡を勧めてくれた。そして小松は走って逃げてきたのだ。
ついて来たいという小松に圓生は言う。
そいつは駄目だ。松っちゃん。
構やしねえじゃねえか。
逃亡兵だよ?
敵味方両方に追われてる。
私は御免被りますよ。
逃亡兵……。
命助かって良かったねという段階では無かった。
結局、小松のおかげで中国人の暴挙から助けられた2人は大連に同行することを承知する。
ソ連兵の手で
大連で玉音放送を聞いた途端、中国人の暴動が始まり、孝蔵たちは興業どころではなくなった。
身を隠しながら、それぞれの家族を語る3人。
日本に帰りたか!りくに会いたか!金治と遊びたか!
金栗先生と走りたか……。
金栗先生と出会わんかったら熊本におったとに!あ~!そしたら りくとも出会えんばい。
あ~~韋駄天かサボテンか知らんばってん、あぎゃん身勝手な男はおらん。
働いとるとこ見たことなかけんね。
走っとるか笑っとるか飯食っとるかだけんね!
どうしようもなか!
愚痴だか褒めてるんだか、酒のせいでよく分からなくなっているけれども、まぁ、そうね。金栗四三は決してスーパーヒーローのような主人公ではない。
人の金で走り続け、オリンピックに出ても完走していないし、婿養子に入ったのに婚家の仕事は放りっぱなし。まさしく走ってるか食ってるか、そして子ども作ってる(笑)
けれども、その走る姿がみんなを引っ張り、日本の若者が「走る」ことを楽しむようになり、上を目指すようになり、スポーツを覚えた。
そしてマラソンオタクをこんなにも増やしている。
今や、弟子の小松くんも走りたくて走りたくて仕方ない。愛しくて罪な男だよ、四三。
明日をも知れぬ日々を笑って過ごしたい残留日本人を集めた興業で、小松は孝蔵に「冨久」を提案した。
ヘッ!やだね。この間、誰かさんにケチつけられたからね。
そんなら距離ば延ばしたらどぎゃんでしょう?
浅草から日本橋ってせいぜい4、5キロばい。
あぎゃん大騒ぎしながら走るとなら、せめて10キロは走らんと。
うん。だからな。マラソン選手じゃねえんだよ、久蔵は!
芝まで走ったらどぎゃんですか?
芝!?
バカも休み休み言え。
お前、そんなに走るやつがいるかい。
おりますよ、ここに。
走っとりました。毎日毎日。
うそだと言うなら聞いてみたらよか。
誰にだよ?
金栗四三。
かくして……
満州に姿のないはずの主人公が、満州で芝から浅草まで走ることとなる。
孝蔵くん。
あんた、かつてすれ違ったじゃないか。
師匠を乗せた車を引いて、浅草を。ここを走る韋駄天を。
『旦那~!』
『おう、久蔵じゃねえか』
『へい、駆けつけてまいりました』
『どっから?』
『浅草阿部川町から』
『浅草から芝まで?あ~、よく来たな。よし出入りは許してやるぞ』
「って言うかどうか分からねえが。ヘヘッ、行ってみなくちゃ分からねえや。」
スッスッ ハッハッ スッスッ ハッハッ……
孝蔵の「冨久」を聞いて。
マラソンオタクは夜の町に飛び出し、走りたくて走りたくて、走りながら、ソ連兵に撃たれて死んだ。
おかえり
ソ連軍が本格的に来てからはひでえもんだったよ。女はみんな連れてかれた。逆らったら自動小銃でバンバンと来る。沖縄で米兵が……もっと言やあ、日本人が中国でさんざっぱらやってきたことだが……。
なら、俺もいっそ死んじまおうって、残ってたウォッカ、がぶ飲みして。
しかし、孝蔵と圓生は船に乗るための偽装結婚をし、道端のクズを食べ、何とか生き延びた。
やっと引き揚げ船に乗ることになった時に出会った美川……何屋やねん……。
意識不明の志ん生を見舞った圓生が「義太夫女のことバラしましょうか。」と耳元で囁き、慌てて目を覚ました時の おりんさんの嬉し泣き顔。
そして、満州から戻った孝蔵を迎えた おりんさんの嬉し泣き顔。
このリンクに、60年代の志ん生シーン初めて涙腺に来た。
五りんの父は志ん生と会っていた。
五りんの父は志ん生の落語を背中に聞きながら死んでいった。
この回が、『いだてん』のプロローグだった。
戦争の露
何ヶ月か前に『NHKスペシャル』で、「戦争と“幻のオリンピック”アスリート 知られざる闘い」という特集があって。
消えてしまった東京オリンピックに出る事が出来ない選手たちが、その能力を戦意高揚に利用され、みんなの憧れとして最前線を突っ走って突っ走って死んでいくという悲劇を伝えるものだった。
この番組が小松勝登場の少し前くらいに放送されたため、私は小松くんとはそういう死に方をする人なのだと思い込んでいた。
沖縄戦の英雄として死んでいくようなことにならなかったものの、結果的には戦場ではない所で死んでしまった。
マラソンオタクとしては、孝蔵の「冨久」を聞き、四三と共に走りながら死んでいった方がまだ良かっただろうか。
落語を経代わりに聞き、大好きな師匠の幻と走りながら死ぬ。
いや、でも、幸せとは言えないよね。不条理な死に変わりはない。
若い命が無意味に散らされる。
こんな時代があったことを誰も忘れてはならないよね。
※キャスト
田畑政治 … 阿部サダヲ
金栗四三 … 中村勘九郎
高石勝男 … 斎藤工
大横田勉 … 林遣都
野田一雄 … 三浦貴大
鶴田義行 … 大東駿介
河野一郎 … 桐谷健太
松澤初穂 … 木竜麻生
前畑秀子 … 上白石萌歌
酒井菊枝 … 麻生久美子
マリー … 薬師丸ひろ子
松沢一鶴 … 皆川猿時
河西三省 … トータス松本
慶 … 深沢敦
平沢和重 … 星野源
岩田幸彰 … 松坂桃李
北原秀雄 … 岩井秀人
東龍太郎 … 松重豊
古今亭志ん生 … ビートたけし
美濃部孝蔵 … 森山未來
おりん … 池波志乃
美津子 … 小泉今日子
五りん … 神木隆之介
知恵 … 川栄李奈
今松 … 荒川良々
万朝 … 柄本時生
大隈重信 … 平泉成
田畑うら … 根岸季衣
小松勝 … 仲野太賀
嘉納治五郎 … 役所広司
岸清一 … 岩松了
野口源三郎 … 永山絢斗
副島道正 … 塚本晋也
杉村陽太郎 … 加藤雅也
牛塚虎太郎 … きたろう
川島正次郎 … 浅野忠信
黒坂辛作 … ピエール瀧→三宅弘城
可児徳 … 古舘寛治
田島錦治 … ベンガル
内田定槌 … 井上肇
永井道明 … 杉本哲太
大森兵蔵 … 竹野内豊
大森安仁子 … シャーロット・ケイト・フォックス
武田千代三郎 … 永島敏行
二階堂トクヨ … 寺島しのぶ
春野スヤ … 綾瀬はるか
池部幾江 … 大竹しのぶ
金栗実次 … 中村獅童
金栗信彦 … 田口トモロヲ
金栗シエ … 宮崎美子
金栗スマ … 大方斐紗子
春野先生 … 佐戸井けん太
美川秀信 … 勝地涼
池部重行 … 髙橋洋
三島弥彦 … 生田斗真
シマ … 杉咲花
三島弥太郎 … 小澤征悦
三島和歌子 … 白石加代子
吉岡信敬 … 満島真之介
中沢臨川 … 近藤公園
押川春浪 … 武井壮
本庄 … 山本美月
橘家圓喬 … 松尾スズキ
小梅 … 橋本愛
清さん … 峯田和伸
村田富江 … 黒島結菜
村田大作 … 板尾創路
人見絹枝 … 菅原小春
犬養毅 … 塩見三省
高橋是清 … 萩原健一
噺 … ビートたけし
※スタッフ
脚本 … 宮藤官九郎
原作 …
音楽 … 大友良英
題字 … 横尾忠則
制作統括 … 訓覇圭、清水拓哉
プロデューサー … 岡本伸三、吉岡和彦
演出 … 井上剛、西村武五郎、一木正恵、大根仁、桑野智宏
時代考証 … 古川隆久
スポーツ史考証 … 真田久、大林太朗
落語・江戸ことば指導 … 古今亭菊之丞
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【いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)】
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コメント
巨炎さん
>この作品の落語演出って、やはり諸刃の剣ですよね…
この大河にとっては志ん生はもう一人の主人公なんですよね。それは良いのですが、「オリンピックだけ見せてくれ」と思う回も多いんですよね。
「語り」はもう全部、森山未來さんでいいんじゃないかなぁとも思うんですよね(笑)昔から好きなのですが、本当に上手いなぁとつくづく思います。
落語も全部森山さんだったらまた印象が違うかも……(あ、七之助さんはまた味があっていいと思いました。病室での再会シーンでは、ちょっと泣けましたわ)
クドカンドラマで落語が見たい方はぜひ「タイガー&ドラゴン」を見てほしいなぁと……
この作品の落語演出って、やはり諸刃の剣ですよね…。
潤滑剤として上手く機能していれば
従来大河視聴者をある程度、繋ぎとめる効果もあったと思うのですが。
先日、BS日テレで現・笑点メンバー全面バックアップによる
「五代目・三遊亭円楽物語」(語り:六代目、奥さん役は当然のようにB子)
を観ましたが、やはり面白い。
東京オリンピックによる好景気でカラーTVが普及し、
落語衰退の危機からスタートしているのが皮肉でしたが。
大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』第39回
「懐かしの満州」内容一命を取り留めた志ん生(ビートたけし)は、家族には回復を告げず。五りん(神木隆之介)に酒を買いに行かせ、ベッドで眠っていた。そんななか、五りんに、満州慰問に行ったことを語りはじめる。戦争が終わる数ヶ月前のこと。空襲で家を失った孝蔵(森山未來)たち。、おりん(夏帆)ら家族に、追い出されるような感じで、満州へ慰問に行くコトに。三遊亭圓生(中村七之助)と満州の慰問をしていた孝蔵…