NHK土曜ドラマ『夏目漱石の妻』第1話「夢みる夫婦」感想

私ね…。
あなたとお見合いする前、鏡の占いをしたの。

鏡にあなたと自分の行く末を聞いてみたの。

そしたら、こう言われたの。

「お見合いする人には、たくさんの夢がある。」
「その夢の一つ一つを果たしていく人だ。」

「そういう人だから、一緒にいると幸せの雲に乗れる」

って。

よし、その雲に乗ってみようって。

夏目漱石の妻 第1話「夢みる夫婦」

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明治28年。
貴族院書記官長・中根重一の長女・中根鏡子は、夏目金之助と見合いをした。

日本人ならほぼ知らない人はないと思われる、明治の文豪・夏目漱石である。

当時、漱石は松山の中学で教鞭を取っており、中根鏡子は都会育ちのお嬢様だった。

中根重一はとにかく娘は帝大出の男に、と思っていたらしい。
その時の職や身分が何であれ、資質が大事だったのだろう。
自分自身の力で婿の身分などいくらでも引き上げてやれる。
偉い人的には、そんなところ。

そして、当時の女性にはあるまじき作法だが、口元も隠さず笑った鏡子の自由さを気に入ったと言われる漱石も、偉い人の娘と結婚すればもっと自由な職を得られるかも知れないという計算はあったと思われる。

しかし、若い娘はただ無邪気に夫になる人を品定めした。

私、あの方のお嫁になると思う。
今決めたの。 お嫁に行こうって。

 

鏡の占いで出た通りに。
29歳の夏目金之助と18歳の鏡子は見合いし、そして翌年結婚する。

鏡子と結婚すれば東京に職を得られるだろうという金之助の希望は思うように運ばず。

結局、熊本の高等学校へ勤めることになる。
新妻も当然、熊本暮らし。

 

お嬢様育ちの若い嫁は朝起きられず。
結婚の翌朝から目覚めれば10時。

中根から連れてきた おたかが朝飯から何から支度してくれたが、新妻としてはちょっと気が引ける。

 

君にとって、朝起きる事はそんなに苦痛か?

と、冷たく叱られると、

私は人より たくさん寝ないと頭が痛いんです。
胸がドキドキして吐き気がして、それで一日中調子が悪いんです。

と、口答えしてしまう鏡子。

わかるなぁ…
朝、つらいよね……。

 

だったら早く寝なさい。

眠れないんです。

 

庭先の墓が気になるから眠れないのだと言い訳してみる。

すると、夫は事もなげに

分かった。
引っ越しをしよう。
新しい家を見つけるよ。

そうすれば君の寝坊も治るのだろう?

と言うのだった。

 

新しい家は広すぎ、金之助は同僚を下宿させると言う。
しかも、無料で。

気前がいい男なのかと思えば、妻に対しては細かくてうるさい。

物静かなのかと思えば、徳利の中にハエが入っていたと殴りそうな形相で怒る。

おたかさんが自分の不手際だと謝ると、東京に返してしまう。

 

たかの事だがね、そろそろ東京へ帰してやったらどうだい?

…1人では君はさみしいか?

 

そんな事ありませんが…。
ただ…子どもの頃からずっと家族のようにいましたから。

 

分かるよ。
たかには善きにつけ悪しきにつけ中根家のにおいがする。

見ていて君が羨ましいと思う事がある。
そういう家族がいるという事がね。

僕には縁のない世界だ。

 

ハエを見逃したのが おたかさんだから怒っているというわけでは無く。
もちろん、特に優しさでも無く。

恐らくは、妻に対する嫉妬。
中根家に対する羨望。

自分には自由に楽しく過ごしてきた子供時代の優しい思い出などないから。

この時代の女だから、一応夫の言うままに おたかを返すが、何もかも従うわけではなく言い返す所は言い返す。

無邪気で強くてしなやかに突き進む。
オノマチさんの真骨頂。

どんな表情を見ていても「カーネーション」の糸子を思い出し、それゆえに、とても愛おしい。

金之助には早くも精神バランスの不調が見える。
徳利のハエで怒り出すところは恐かった。

こういう男は女が弱く出ると、きっとDV化する。
あっけらかんとした前向きな女房だから上手く行くんだ。
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今はね。

 

物語は新婚の戸惑いと新鮮さと明るさを超えて、中盤から不穏な方向へ動き出す。

金之助の父親が亡くなり、列車で東京へ向かう。

 

死んだ親父に何の感傷もないね。

僕は親父に捨てられた息子なんだ。
生まれてすぐ古道具屋の夫婦に里子にやられた。

いろいろあって何か月か後に連れ戻されたがすぐにまた知り合いの夫婦に養子に出された。

僕は親父が50の時に生まれた子でね、全く愛情がなかったそうだ。

 

お義母様は?

早く死んだ。
養子先の夫婦が離婚して夏目家に連れ戻されたが、間もなく 母親は死んだ。

親父が何しに戻ってきたって嫌な顔で僕の顔を じっと見た。

あの夏目家に僕の居場所はないんだ。

 

生立ちの不遇が妻の恵まれた明るい環境に惹かれる要因にもなり、嫉妬する要因にもなる。

このタイミングで鏡子は流産し、中根家でしばらく養生する事になる。

無理させたのが原因だといえ、謝ることは出来ない金之助。
伸ばした鏡子の指をそっと握るまでの「間」…。

 

鏡子も気の毒だけれども、なかなか東京に職を得られず、父親と決別したと思ったら自分の子供も失い、中根家の療養先で一家団欒を見せつけられる金之助も気の毒といえば気の毒…。

1人、先に金之助を熊本に返し、療養後に戻ってきた時には夫婦の間に溝が出来ていた。

ちっとも会えない夫を求めて夫の職場へ行き、一所懸命手を振る。
振り続ける。

しかし、無視される…。

夫の見ている世界に自分が居ないと思い知る瞬間。

光から影へ、そして嵐。

残酷な映像美。

 

嵐の中、鏡子は川へ飛び込んだ。

 

君を助けてくれた釣り舟の人に感謝しなくちゃいけない。
君に謝るチャンスを与えてくれたんだ。

 

僕は自分の家族が欲しい。
誰よりも。

だから…死んでしまった赤ん坊が…。

やっぱりそうか。
僕は家族に縁がない人間だって。

君は失うものがない。
あの中根家に戻っていけば、いつでも温かく皆が迎えてくれる。

僕は一人で熊本に戻ってきてつくづく思った。
僕には家族がない。
一人なんだって。

生立ちが金之助から家族という価値観を奪う。
「家族」も「親」も人間のアイデンティティの源であり、そこを奪われた人間には拠り所がない。

金之助は、おそらく明るい中根家に惹かれ、自分でも家族を持てるかもしれないという希望を抱いた。

しかし、運命は金之助から子どもを奪う。
それは立ち直れない絶望感だったに違いない。

絶望が深すぎて、金之助は自分を求めてくる妻を受け入れることが出来なかった。
素直になれなかったのである。

 

僕は人が信じられない。
家族が信じられない。

しかし、今日よく分かった。
そういう僕に弁当を届けてくれる人がいるんだ。
さみしくて学校まで顔を見に来てくれる人がいるんだ。

子どもは駄目だったが、そういう君が傍にいてくれるんだ。

その君をもう少しで失うところだった。
僕のせいで。

 

私ね…。
あなたとお見合いする前、鏡の占いをしたの。

鏡にあなたと自分の行く末を聞いてみたの。

そしたら、こう言われたの。

「お見合いする人には、たくさんの夢がある。」
「その夢の一つ一つを果たしていく人だ。」

「そういう人だから、一緒にいると幸せの雲に乗れる」

って。

よし、その雲に乗ってみようって。
だから川になんか入っちゃいけなかったのに…。

 

そうだよ。
おバカだね。

 

優しいね。

そう。
不安定だけれども優しい所もあるんだよね。

そして、妻も大らかな育ちゆえに、思い通りに行かないと思いつめやすい神経質さを持ち合わせていた。

この事件の後、漱石はしばらく自分の手と鏡子の手を紐で繋いで寝たという。
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ガサツだとか気が強いという以外に、夏目漱石の妻が悪妻だと言われる所以がここにある。

家族を知らないからこそ家族がほしくて、でもどう扱えばいいのか解らない。
この不器用な男。

前向きで明るい妻はそれを救ったけれども、鏡子自身も時にヒステリーだった。
妻の不安定さは夫を不安定にし、夫の不安定さは妻を不安定にした。

でもこのドラマでは悪妻説を覆すのよね。きっと。

オノマチさんの演技は逞しい頼もしい、けれども繊細な女を狂おしいほど体現していたし、長谷川さんは寂しさと頑なさと切れる恐ろしさを持ち合わせる男を完璧に見せてくれた。

すごい2人が主演で、本当に見応えのあるドラマになった。

 

そうです。
私はおバカです。

 

おバカついでに一つ聞いてもいいですか?

たくさんの夢の中の一つを教えて頂けませんか?
あなたの夢を…。

 

作家になりたい。

小説を書きたい。

…小説家になりたい。… 夢だがね。

 

時に高等遊民っぽい発言を聞きながら…。
この神経質な男から、あんなにのびのびとユーモラスな小説が生まれる過程も見てみたい。
そして、彼を支える「家族」がどう描かれるのかも見てみたい。

 

家族になるって面倒くささも受け止めるってことだね。

精神的に楽しいばかりじゃなかった夫婦かも知れないけれども、それも含めての家族の歴史がどう描かれるのか楽しみ。

全4回。

※初回の再放送は9月30日(金)24時10分から。

裕福な家庭に育った19歳の中根鏡子(尾野真千子)は、高級官僚の父・重一(舘ひろし)にすすめられ、夏目金之助(漱石の本名・長谷川博己)と見合いをする。
金之助に一目ぼれする鏡子、一方金之助は鏡子の屈託の無い笑顔に魅了され二人は結婚、金之助が高校の教師として赴任した熊本で新婚生活を始める。
家庭のぬくもりを知らない気難し屋の漱石に寄りそい頑張る鏡子。
しかし失敗を繰り返しとんでもない事件を起こしてしまう。

あらすじは「Yahoo!TV」より引用

よろしければ→【2016年10月期・秋クールドラマ】ラインナップ一覧とキャスト表

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※キャスト

夏目(中根)鏡子 …尾野真千子
夏目金之助(漱石) …長谷川博己

山田房子 …黒島結菜(子役期: 安藤美優 )
荒井伴男 …満島真之介
塩原昌之助 …竹中直人

中根重一 …舘ひろし

たか …角替和枝
テル …猫背椿
長谷川貞一郎 …野間口徹
俣野義郎 …松尾諭
正岡子規 …加藤虎ノ介
正岡律 …大後寿々花
坂井 …沼田爆
ウメ …高柳夏子
中根倫 …中島広稀
中根時子 …秋月三佳
中根梅子 …田辺桃子
中根カン …唐木ちえみ

※スタッフ

脚本 … 池端俊策
演出 … 柴田岳志、榎戸崇泰
制作統括 … 吉永証、越智篤志

音楽 … 清水靖晃
ピアノ演奏 … 田村京子
原案 … 夏目鏡子・松岡譲「漱石の思い出」

公式サイト http://www.nhk.or.jp/dodra/souseki/

 

 

コメント

  1. 夏目漱石の妻 TOP

    『夏目漱石の妻』は、2016年9月24日から、NHK「土曜ドラマ」枠(毎週土曜21:00~22:13)にて全4回で放送中。主演は尾野真千子。 概要 今年は、「吾輩は猫である」「坊っちゃん」「こころ」など、今もなお人々に愛され続けている作品を生み出した文豪・夏目漱石の没後…

  2. 夏目漱石の妻(尾野真千子)おバカさん(長谷川博己)

    結局、これもかよ。 「待ちながら」記事もまだなのに・・・次々とスタートする秋ドラマである。明治時代のシラスミカの話だ・・・おいおい。 夏目金之助(漱石)と中根鏡子が結婚するのは明治二十九年(1896年)である。 漱石は慶応三年(1867年)の生れであるから数え年で三十歳。 鏡子は明治十年(1877年

  3. いや~おもしろかったよね。一気に集中して見ちゃった。記事を書くのは例によって遅くなっちゃったけど( ̄∇ ̄;)
    主演のお二人がすばらしかった。引きこまれたよ。今までの夏目漱石とその奥さんのイメージを新しく塗り替えてくれる予感にわくわくよ。画面も音楽も美しかった。
    来週はイギリス留学だから金之助の変貌ぶりが怖いけど~全四回じっくりと味わいたいわ~

  4. トリ猫家族 より:

    「夏目漱石の妻」 第一回 夢見る夫婦

    「おバカついでにひとつ聞いてもいいですか? ひとつだけでいいんです。 たくさんの夢の中の一つを教えていただけませんか? あなたの夢を・・・」 「・・・・・・・・作家になりた …

  5. 土曜ドラマ「夏目漱石の妻」

    噂では、悪妻の評判が高かった、夏目漱石の妻の物語を、尾野真千子,長谷川博己が、とてもチャーミングに味わい深く演じてました。たぶん、お嬢さん育ちゆえの、天真爛漫さもあったのでしょうね。そして、漱石は子供時代の不遇から、ちょっと複雑な性格になったのかな?でも、紆余曲折の果て。ふとしたきっかけ。心が通ってヨカッタ。ちょっと注目です。      (ストーリー)文豪・夏目漱石のユニークな夫婦生活を描くエンターテインメント・ホームドラマ。頭脳明せきで几帳面な漱石、一方妻・鏡子は天真らんまん。正反対の二人が築く夫…

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