【聖なる怪物たち】第5話

その夜、僕は母の夢を見ていた。
写真でしかその顔を知らない母。

夢の中の母は、なぜだかとても悲しそうな顔をしていて…
思えば、それは何かの予兆だったのかもしれない。

 

「聖なる怪物たち」第5話

 

　　　　　　　

圭子は震える手で優佳に電話をかけた。

三恵さん… 階段から落ちて…血が止まらないの…！

ねえ、姉さん、どうしよう！
敏雄さんも… 村澤先生も連絡が取れないの。

三恵さん！？三恵さん！
ねえ、もうすぐ救急車呼ぶわ。

 

優佳は、圭子を止めた。
救急車など呼んで余所の病院に搬送されたら、計画は全部おしまいだ。

彼女をこっちに運びなさい。
私がどうにかする。あなたの車で運ぶの。いい？

どうしよう…。無理よ！ 出来ないわ！

落ち着きなさい、圭子！
大丈夫だから。私の言うとおりにして。

病院に着いたら三恵さんと血液をその場で降ろして、圭子はすぐに帰りなさい。
くれぐれも誰にも見られないようにするのよ。

出来るわね？
あなた「お母さん」なんだから。

外は大粒の雨が激しく降っている。

大久保記念病院前の濡れた路上に、圭子は三恵を捨てて走り去った。

路上に転がる三恵を、優佳がすかさず拾いに行く。
まるで、そこに捨てられた患者を初めて見つけたような声で優佳は助けを呼んだ。

 

誰か！ 手を貸して！

そして、三恵の耳元でそっと囁いた…

大丈夫。 必ず助ける。
誰に何を聞かれても黙っていて。

 

当直の看護師・平井瑶子が慌ててストレッチャーを用意する。

しかし、院内には産婦人科はいない。
その日の当直医は健吾だった。

優佳は健吾を起こし、状況を説明した。
飛び込みで妊婦が入院した。受け入れ先が見つからない。
周産期医療センターも手術中で受け入れてくれない。

全て、計画通りの都合のいい報告。

健吾は若く青臭い熱血医師だ。
この男なら、目の前の命は何としても救おうとする事は解っていた。

胎盤が子宮口にかかっています。通常の分娩は無理だと思います。

早く帝王切開しないと母体も胎児も危ないって事ですか？
師長、僕には無理です。
帝王切開なんて経験ないし、なんとか他の病院へ…。

到着するまで母体と胎児はもちますか？
先生！

優佳の怒鳴り声に押されるように健吾は決断した。

帝王切開します。

 

帝王切開が始まり、出産は滞りなく終わった。

日向家の…妹の圭子の子供になる男児だった。
腕に抱いて微笑む優佳。

 

しかし、妊婦である三恵の出血は止まらなかった。
健吾は必死になってやれるだけの事をした。

術式は何一つ間違っていないはずだった。
なのに、なぜ出血は止まらないんだ！

やがて、血圧は落ち、患者の脈は止まった。

健吾は必死になって蘇生を試みた。

戻れ！
赤ちゃんを一人にする気か！
逝くんじゃない！
戻ってくれ！

 

その頃、優佳は病院の玄関で、緊急で呼び出した大久保院長を迎えていた。

持ち物を調べましたが、身分を証明するようなものは
何も持っていませんでした。

師長がついていながら、何で飛び込み出産なんて受け入れたんですか？

他の受け入れ先を探したんですが、どこもいっぱいで…。

 

大久保は手術室に入り、脈のない患者に蘇生し続ける健吾を止めた。
死亡宣告…

三恵は死んだ。

 

院長室で警察に電話しようとする大久保の手を優佳は押さえた。

 

あまり早まらない方がいいかと思いますが。
警察へ連絡するのは待つべきです。

しかし、身元不明の遺体をそのまま放っておくわけにはいかないでしょう。
それに解剖の必要だって…。

院長はそんなにこの病院を潰したいんですか？
もし、下手に騒ぎたてて医療ミスでも見つかれば、今度こそこの病院はおしまいです。

遺族が患者の死になんの疑問を抱かないとすれば、どうしてわざわざ
解剖する必要があるんです？

春日井君…きみは…何を言ってるんだ？

その時、優佳のPHSが鳴った。

もしもし。
いいえ、残念ながら…。
…ええ。…こちらにいらっしゃいます。

そして、優佳はPHSを大久保に渡す。

院長。あなたとお話ししたいそうです。

私と？ 誰が？

「ご遺族」です。

 

健吾はどうしていいか解らなかった。
なぜこんな事になったのかも…。

やがて、師長が来て院長室に呼び出された。

健吾は茫然自失の体で院長室に入っていった。

院長は微笑んでいた。さっきは怒鳴ってすまなかったと言われた。
健吾は頭を下げた。今はそれしか出来なかった。

 

春日井師長から聞いたんだけど、受け入れてくれる病院なかったそうじゃない。
もし、あのまま何もせず手をこまねいて見ていたら、君は今よりも
もっと後悔してたんじゃないのか？

それとも君は、自分のしたオペに何かミスでもあったと？

いや、それは…。

確かに今回の事は残念だ。

でも、医師として患者の死は避けて通れない事でもある。
肝心な事は今日の経験をこの先どう生かすか。
そうじゃないかい？

さあ。今日は帰って休みなさい。

しかし…。

あとは私が代わります。
１人でよく頑張ってくれたね。

 

家で1人でやけ酒を飲んでいると、瑶子が来て慰めてくれた。

助けられると思ったのに…。

助けたじゃない。
妊婦さんは残念だったけどでも、健吾のおかげで赤ちゃんは無事だったの。

無事…？
あの子を母親のない子にしておいて？

あの子はこの先ずっと、母親の顔を知らずに育っていくんだぞ。

お願いだからもうこれ以上 自分を責めないで。
健吾は精一杯やった。仕方がなかったのよ。

 

瑶子は、健吾をただ見ているしかなかった。

瑶子の方もまた、師長に「ある事」を命令されていた。
今夜の医療記録を消す事。

春日井師長は、これは健吾のためなのだと言った。
健吾が医療ミスをしたことを師長はほのめかしていた。

そして…
瑶子が患者から「お礼」を受け取っている事を師長は知っていた…。

 

圭子は、敏雄に全て任せろと言われて、だいぶ落ち着いていた。

優佳は圭子と電話で話した。

三恵さんが与えてくれた命、三恵さんのためにも大切にしなきゃね。

優佳はそう言った。

 

三恵の遺体と生まれた子供は敏雄が密かに受け取りに来た。

健吾は、それを見逃さず、去っていくタクシーを必死で追いかけた。
謝罪しなければ、と思ったのだ。

しかし、タクシーは止まらなかった。

健吾の心に重く悲しみと医療への恐怖だけが残った。

健吾は、その日からメスが持てなくなった。

 

屋上でぼんやりする健吾の所に、入院患者の糸川が来た。

なあ、若様よ。
俺の身に何かあった時は、もちろん若様が執刀してくれるんだろ？

おいおい… しっかりしてくれよ。
あんたこの前、俺の命と向き合うって言ってくれたよな？
だったら 最後までちゃんと責任とってくれ。

すいません…。

健吾は軽く微笑んだ。

この前元気づけた患者が、手術に失敗した自分を今は元気づけてくれている。
何だか自分が滑稽に感じた。

しかし、糸川の次の言葉は、健吾にとって忘れられない物になった。

糸川は…「何か」知っているようだった。

 

それに…
あの患者が死んだのは、あんたのせいじゃない。

 

優佳は、その頃、1人で火葬場にいた。
三恵は安らかな顔をして眠っているようだった。

三恵の焼き場の前には、位牌も遺影も無かった。

身よりもなく、施設で育ち、たった1人で病院で死んでいった名前のない女…。

しかし、子供は残った。妹の子として…。

この秘密は、ずっと1人で抱えて生きて行こう。と優佳は思った。

 

この身にまとった聖なる仮面で、その命を守り続けようと思っていた。

だが、私は知らなかった。
無垢なるものが持つ、その恐ろしいまでの情熱を。

 

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ストーリーが1話目の冒頭に戻って…そして通り過ぎた。
つまり、健吾が巻き込まれていく過程。

■今週の流れ

三恵が大久保記念病院に担ぎ込まれる。
↓
優佳は、用意していた三恵の血液を他の物とすり替える。
(この時点で、もう殺す気まんまん)
↓
命を救うためにはとにかく頑張る青臭い医者・健吾くんに手術させる。
↓
出産は無事終了。しかし輸血の血が一致していないので三恵は計算通り死ぬ。
↓
元々、日向家に融資を頼んでいた院長は簡単に買収。
↓
看護士・平井瑶子には脅しで終了。
(やっていた事を知っていて黙っていたのも、この日のため？)
↓
健吾は院長から人情話で丸め込まれ…しかも手術失敗がトラウマに。
↓
敏雄は子供を連れて帰り、圭子と共に子供を抱く

 

■消される候補

・この一連の流れを入院患者・糸川が見ている。
　金に困っているので、病院を脅しにかかる？

・敏雄の元妻・希実代も何か変だと思っているので今後さぐり始めるかも

・欲出してきそうな平井瑶子と院長も…

 

■よく解らない人たち

・幼稚園に突然現れた田中哲司さん。三恵の兄とか…
　とにかく三恵に血縁者が現れた予感。しかも、何だか悪そうな気がする。
　これも消される候補かも。

・最初からよく解らない長谷川朝晴さん演じる男。
　これも欲深そう…

 

という事で・・・

ハッキリ言って、登場人物の中に健吾以外誰1人「正義」がいない。

 

火葬場で、遺影がない・・・身寄りもいず、名前もないまま焼かれた三恵。
彼女も、余計な欲を出さなければ生きていけただろうに…

 

そして、「とにかく命を救いたい」医者としての青臭い正義感で生きてきた健吾。

こんな事に巻き込まれてトラウマに苦しむ健吾が1人気の毒すぎる。

健吾に味方は出来るんだろうか。
優佳のやり方が用意周到すぎて…敏雄も、もちろん手ごわいし。

1人では戦えないよ。

 

味方してくれるとしたら…

案外、あの口の悪い外科医師・水原か…。
このドラマの中で唯一、何も知らない圭子かも。

 

どうなるんだか、先が見えそうで見えない。

 

　　
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※キャスト

司馬健吾 … 岡田将生
春日井優佳 … 中谷美紀
日向圭子 … 加藤あい
日向敏雄 … 長谷川博己

平井瑶子 … 大政絢
有馬三恵 … 鈴木杏
森宮希実代 … 森脇英理子
竹内悠 … 南圭介
佐藤久美 … 富永沙織
「　　」… 長谷川朝晴

糸川要次郎 … 渡辺いっけい
水原良二 … 勝村政信
司馬宗吾 … 平田満
大久保志郎 … 小日向文世

日向華江 … 山本陽子